どうも、ここのところこれまでと比べて肌寒い日々が続き、すっかり秋めいてきましたね。この時期は風邪を引いたりすることも多いので健康には気をつけたいですね。
カウンセリングサロンArk(アーク)杉並 の加藤です。
この前もそうでしたが、今回もアニメの話になります。最近の動画配信サイトはすごいですね。Amazonプライム様々です。
さて、今回は『干物妹うまるちゃん』です。
この話は外では才色兼備で誰からも好かれる完璧な『美妹(びもうと)』であるが、家ではグータラして過ごす『干物妹(ひもうと)』になる『うまる』と一緒に暮らす『タイヘイ』の日常を描いた作品です。
うまるは学校では才色兼備で誰もがあこがれる女生徒です。勉強ができ、運動も得意で、その上周りにも嫌みなく優しいという理想的な生徒を演じています。しかし、家に帰り、お兄ちゃんの前になるとわがまま放題でぐうたら、お菓子とコーラをお供にゲームに明け暮れる干物っぷりのギャップが今作の魅力となっています。また、ゲームセンターに行ったり、ゲームの大会に出たりする時はさらにUMRというハンドルネームの人になり、普段のうまるとはまた別の人間として振る舞っています。
さて、では何故このようにいくつかのキャラクターをうまるは使い分けているのでしょうか。
それはまず、お兄ちゃんに対する信頼感があると考えられます。うまるはいわば、居候の身です。兄のタイヘイが暮らすワンルームに転がり込んできたため、おそらくはタイヘイがその家の主ということになります。
ひとたびお兄ちゃんから『出て行け』と言われる事態になってしまうと、非常に弱い立場になってしまうわけですね。それなのに、何故うまるはお兄ちゃんに対してわがまま放題を言えるのか。ちなみに作中でうまるはよく兄のタイヘイに怒られています。
それはうまるに、お兄ちゃんが怒ったとしてもそういったことを言わないという信頼感があるからですね。行動は否定したとしても、人格や存在を否定されることはないという安心感があるからこそ、タイヘイに対してはわがままをし放題だし、思うがままに過ごすことができるんですね。どんな自分でも受け入れてくれるという信頼がそこにあるわけです。
しかし、学校では実に多くの人間が存在しています。教師やクラスメイト、違う学年の生徒、給食のおばちゃんや用務員、事務員などなど様々な役割を持つ他者がいる一つの社会である。そのため、相対する相手によって自らのキャラクターを演じ分ける必要性が生じてきます。
うまるはそれを一つのキャラクター、理想型とも呼べる自分を出すことにより、そのすべてに相対していると考えられます。これは、うまるが才色兼備で誰からも好かれるような謙虚なキャラクターであることからもいえると思います。
しかし、うまるはUMRとして出場した大会で自分をうまると知らずにいるクラスメイトのシルフィンと交流することになったり、家での姿をクラスメイトの本場切絵に知られてしまい、妹のこまるという嘘をついて、家ではその姿のまま交流したりするなど、徐々に友達ごとに多様なキャラクターを演じる必要性が生まれてきます。
これは先に述べた相手ごとのキャラクターの演じ分けに通じてきます。しかし、まだうまるはそれらを1人のうまるとして統合することはできていません。
これは今後クラスメイトたちと過ごす時間が増え、信頼感が増していくことにより自らがうまるという一人の人間だと明かすことができるようになるのかもしれません。
ここで誤解を与えないようにしておきたいのは、干物妹も美妹もUMRもすべてうまるの一側面でしかないということです。よく、本当の自分と演じた偽物の自分というのが表と裏の人格として語られることもありますが、これは少し違うと思います。
外での自分、内の自分、どちらも自分というものです。どちらかが真でどちらかが偽ということはありません。
もし、外で自分が出せないと悩んでいる人がいればそれは、ある種の社会性がそうさせるのだと思います。それはけして悪いことではなく、適応の一側面であると考えるのがよい場合もあると思います。
それでもなおつらいということがありましたら、是非一度カウンセリングを受けてみて下さい。そういった自分に関する悩みも二人で考えれば何か見えてくるかもしれません。
そういえば『干物妹うまるちゃん』ですが、10月8日から第二期が始まるそうで、今から楽しみです。
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